|
■木村沙織 略歴
●木村沙織(きむら さおり、1986年8月19日 - )は、バレーボール選手。バレーボール日本代表。東レ・アローズ所属。
埼玉県八潮市生まれ。その後大阪、東京と転々とする。東京ではあきる野市で主に育つ。血液型:O型。家族構成:父、母、妹。テレビ放送におけるキャッチフレーズは時をかける万能少女
サオリン(2006年バレーボール・ワールドグランプリ)/ニッポンの未来 サオリン無限大(2006年 世界バレー)など。活躍するほど「女性としての魅力」を失っていく女性アスリートの中で、木村沙織は仕草等で「女の子らしさ」を残しており、インタビュー等の発言が天然系(後述)なこともあわせ、バレーボールファン以外からも支持を得ている。
●木村沙織は、2005年7月の女子ジュニア世界選手権U−20では、全試合をレギュラーで戦い、チームの勝利に貢献するほか得点王にも輝き、復活を遂げる。木村沙織自身初のVリーグも、毎試合スタメン出場を果たし、首位に立つ(前半終了時点)チームの原動力となっている。9月1日からのアジア選手権では、イタリアへ移籍したNECレッドロケッツの高橋みゆきの代役を担う事となった。大会では珍しくレシーブミスが目立ち、故障の後遺症を感じさせる場面もあった。
●木村沙織自身初のVリーグとなった第12回Vリーグは、2005年9月から始まり、2006年3月まで7ヶ月にわたる長丁場となった(途中に6〜7週間の中断を挟む変則日程)。デビュー戦では、レフトでスタメン出場を果たす。この試合でのアタック決定率はチームトップの52.0%、サービスエースも2本決め、初白星に貢献する。その後も、木村沙織は、レフト、センターでスタメン出場を続け、チームの快進撃の原動力となった。前半戦、東レはわずか1敗で首位で折り返す。しかし、後半戦は、苦手の久光製薬に苦戦を強いられたほか、下位の日立佐和戦を取りこぼすなど、前半の勢いはかげりを見せた。そんな中、木村沙織のアタック決定率は比較的安定していたが、ことごとくサーブを狙われ、しばしば攻撃パターンを封じられた。また、腰の影響からか、キャッチの不安定さが露呈することになる。結局、レギュラーラウンドを3位で終えた東レは、決勝ラウンドで武富士に1-3で敗れ4位でシーズンを終えた。試合後の会見で木村は涙ながらに敗戦の弁を述べた。
●とはいえ、木村沙織はアタック決定率リーグ6位、サーブ効果率リーグ9位などルーキーイヤーとしては申し分ない成績を残し、堂々の新人賞を受賞した。来季はサーブレシーブ、ブロックの数字向上、そしてなによりチームの優勝が望まれる。
●木村沙織は、8月18日から、ワールドグランプリ2006が開幕した。木村沙織はレフト登録。開幕戦はキューバにストレート勝ちを収め、幸先のよいスタートを切った。2試合目の8月19日は木村沙織の20回目の誕生日であり、韓国戦勝利後、会場にケーキが用意され祝福を受けた。しかしその翌日のブラジル戦では、サーブでことごとく狙われてしまい、今後の課題が名目化した。
|